大前提、欲しいモノを捉えるってめっちゃむずい。自分の欲しいものすら得てみたら違ったりするし、得てみたら最高だったりもする。
欲しいモノを特定するには、言動や認識に左右されないことが何よりも重要。
言語は、情報量と解像度はいずれも現実と比較するとどうやってもかなり落ちている。
「いいね」は論理的に起こせるが、「欲しい、他より欲しい、お金払ってでも欲しい、それあるなら他いらない」ってのは
自己実現にも商売にも、戦略は2つある。
今回の整理はいずれにも役に立つっちゃ立つけど、比較的前者の戦略に比重がある。
設計書とは、端的に言えば作るなら前に作れる確率や効率を上げるための準備である。
設計書はみんな書くけど設計書として機能してるシーンはほぼ見かけない。
世の中で「設計書と言われているモノってこんなかんじだよな〜。それに似た何か」を作っていることが多い。
みんなめっちゃ設計書書いたり言語化するのに、その設計があったから本当に進んだのか?についての検証が弱い。
正直、ないと進めにくいといういう態度を取る人が多いだけで必須ではない。
あくまで、欲しいモノや現実を作り上げる流派の一つが事前に設計する、考えるという行為。
多くの場合は情報が多いのに、必要な選択が特に設計の中で行われていない状態。