三つの項目だけで、ほとんどの人が「平均」から外れた

1952年、アメリカ空軍の研究者ギルバート・S・ダニエルズは、「平均的な人間」は実際にどれくらいいるのかを調べた。

対象は、4,063人の航空要員の身体データ。身長や胸囲などについて、平均値ぴったりではなく、前後に幅を持たせて「だいたい平均的」とする範囲を決めた。そのうえで、複数の項目が同時にその範囲に入る人を探した。

身長だけなら、1,055人いた。胸囲も平均的という条件を加えると、302人。さらに袖丈を加えると、143人になった。

たった三つの項目で、すべてが平均的だった人は約3.5%。十項目まで増やすと、一人もいなかった。

これは「人はそれぞれ違うから、個性を大切にしよう」という理念の話ではない。実際に測ってみると、平均から外れている側が圧倒的多数だった、という話だ。

身長が平均的だからといって、胸囲も袖丈も平均的とは限らない。一つひとつの項目には平均があっても、それを組み合わせてできた人物が、大勢いるわけではない。ダニエルズは、「平均的な人間」という像を設計の基準にすることの危うさを指摘した。

後の研究でも、別の身体データを使って同様の分析が行われている。十項目すべてで平均的な人が少数見つかった例もあり、「必ずゼロになる」という法則ではない。それでも、平均だけでは身体の多様さを捉えられないという問題は確認されている。

だから、平均を捨てる必要はない。ただ、集団を説明するための数字を、そのまま、実在する一人の設計図にしない。

「平均的な誰か」を考えることと、現実にいる誰かを見ることは、別の作業なのだ。

創造のコツは、「自分にはここが違う」を雑にしないこと

ここから、創造へのヒントを取り出してみたい。身体の研究が好みや創造性まで証明したわけではないけれど、「平均的な誰か」を実在する相手の代わりにしない、という注意は持ち込める。

何かをつくろうとすると、「多くの人は何を求めるだろう」「普通はどうするだろう」と考えたくなる。

でも、その前に、もう少し具体的なものを見てみる。

自分は何が好きなのか。どこが合わないのか。どういう時間を過ごしたいのか。誰かのためにつくるなら、その人は、どんな場面で、何を起こしたいのか。

創造の出発点は、欲求を平均に近づけることではなく、その欲求を、もっと正確にすることでもいい。 とくに、まだない体験をつくるときには、つくり手自身の「これが欲しい」を高い解像度で見る。

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たとえば、こんな集まりを考えてみる。

「人とは会いたい。でも、順番に自己紹介する時間は苦手。途中で帰れるようにもしておきたい。」

この三つを、「ちょっとわがままだから」と丸めなくていい。